[ネタバレ有り]レイチェルの結婚 感想

 映画ブログを始めてみました!と言っておいて、全く映画について書いていないのもなんだかなあと思いまして、今日は、私の大好きなアンハサウェイさんがアカデミー主演女優賞にノミネートされた『レイチェルの結婚』について、2回目の鑑賞後に思うままに書いたレビューのような感想のようなものを載せてみることにしました。
 

 記念すべき(?)最初の鑑賞記録にこの作品を選んだのは、とても好きな作品だからというのが一番の理由。もうひとつは、Twitterでフォロワーさんとお話しする中で、日本ではあまり有名ではないのかな、という印象を受けたから。未鑑賞の方も、好きな方もあまりはまらなかった方も、これを読んでくださった方が、こんな感想を持った人もいるんだなぁと思ってもらえると嬉しいです。そして興味を持ったらはぜひ、ご覧になって、コメントなどで感想をお待ちしています!

レイチェルの結婚

 邦題のレイチェルの結婚、原題のRachel Getting Married共にレイチェルが主人公のように思えるが、主人公はレイチェルの結婚式を控え、入所していたリハビリ施設から帰宅する妹のキム(アンハサウェイ)。
 

子供の頃に薬物でハイになって交通事故を起こし、幼い弟を殺してしまった自分を許せないでいるキムの抱える罪悪感、孤独、不安が全編を通して描かれている。弟の死が原因で離婚した両親は新しいパートナーを見つけ、レイチェルも結婚する。皆新しい家族がいる。一方でキムには自分が生まれ育った家族しかいない。けれど自分が起こした事故が原因で、その家族とうまくいかない。そんなキムの孤独感が観ていて辛かった。

 特に印象に残っているシーンが2箇所ある。


 1つは、退所後も参加しなければならない依存者の会で、弟のことを打ち明けるシーン。
 薬物をやっていた、事故だった、殺す気は無かった、と、キム自身が自分を許せていれば、或いは罪悪感を感じていなければ、また違った今があったかもしれないが、他者に責められるよりも自分が自分を許せないのが一番辛いだろう。
 

 そしてもう1つは、母親に、どうして薬物中毒の自分に弟を任せたのか、と問い詰めるシーン。
 母親がキムに手を上げてしまう。息子を失い、その原因は娘にある。年月が経った今でも平常心を失ってしまうのは想像に難くないが、家を飛び出して母親のところに来たキムを思うとやりきれない。いくら弟といる時はキムが安定していたとはいえ、2人きりにしたのは危機管理に対する意識が甘かったと、キムの嘆きに共感できた。

 結婚式のシーンが長くて間延びしているというレビューもよく見かけるが、結婚するレイチェルや集まった家族の明るい雰囲気と、それとは対照的に自分を許せずにその明るさには混ざれないキムを孤独を印象的に演出する効果があったと個人的には思った。
…なぜあのスタイルの結婚式なのかは謎だけど。

 カメラワークは、ホームビデオのようなとあるとおり、手持ちカメラの撮影なようで、映画というよりはドキュメンタリーのような印象。初見で大画面で見たときは少し酔って苦手だったが、今回はパソコンの小さな画面だったのでその演出も含め良かった。

 生演奏の音楽が常に存在していたり、役者のアドリブの演技をそのままに使っていたりと、完成された脚本の映画というよりも、本当にホームビデオを見ているような印象の映画だった。美容室からタクシーで帰宅したキムがレイチェルと口論になるシーンで音楽を止めるのは、アンのその場で生まれた演技だったそう。

 オスカーにノミネートされただけあって、やはりアンハサウェイの演技には圧巻だった。セリフにあるところはもちろんだが、そうでない部分の無言の表情や仕草で語られるキムの孤独や焦り、後悔や自責の念、複雑なネガティブな感情がよく演じられていたと思う。

 決して明るい映画ではないが、かといって救いようのない暗さというわけでもない。

 過去は変えられないし、死んでしまった弟は生き返らない。けれど今を、これからを生きていくしかない。人生は続いていく、そんな映画。